研究レポートピーマンの苦味研究で野菜を好きな子どもたちを増やす
※掲載内容は2024年3月時点の情報に基づきます。
ピーマンの苦味を感じるメカニズム解明に挑戦
幼少期の野菜摂取の習慣は、大人になってからの野菜摂取量にも影響すると言われており、生涯の心身の健康にとって重要です。キユーピーグループでは、子どもに「野菜はおいしい!」と感じてもらえるような、さまざまな取り組みを進めてきました。野菜の中でも、今回はピーマンに着目しました。子どもが苦手な野菜というイメージがあると思いますが、ビタミンC、ビタミンKなどの栄養素が豊富に含まれており、ぜひ食べてほしい野菜の一つです。
これまでの研究から、マヨネーズや深煎りごまドレッシングと一緒にピーマンを食べると、苦味が抑えられ、食べやすくなることがわかっていました※。そこで本研究では、マヨネーズと深煎りごまドレッシングに共通して含まれる「卵黄」の苦味抑制効果についてさらに検証するため、人がピーマンの苦味を感じるメカニズムを解明することから挑戦しました。 研究には精度の高い呈味測定技術が求められることから、三坂巧准教授(東京大学大学院農学生命科学研究科)にご協力いただき、味のセンサーである「味覚受容体」を用いた味の計測技術を活用しました。
※出典:西村知沙,日本調理科学会平成28年度大会
味覚受容体を用いた味の計測技術とは
人の舌には、5つの基本味(甘味、うま味、苦味、酸味、塩味)に対応する5種類の「味細胞」が存在し、その表面には、味物質を受け取りセンサーの役割を担う「味覚受容体」があります。味覚受容体が味物質を受け取り、味覚神経を介して味の情報を脳に伝達することで、人は味を認識することができます。
味覚受容体を用いた味の計測技術とは、この仕組みを利用し、培養細胞に味覚受容体を導入することで味細胞を再現する技術です。味覚受容体が味物質を受け取って活性化すると、細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇します。その濃度の変化量を、蛍光指示薬や発光たんぱく質を用いて光強度の変化量に変換し、検出するという仕組みです。従来よく用いられてきた官能評価(人が実際に口に入れて味わって評価する方法)では、それぞれの被験者による評価の違い、強い苦みに対する評価者の負担などの課題がありました。今回の技術では、味の強さを客観的に数値化できるため、それらの課題をクリアすることができます。
大上 明日実
(研究開発本部 技術ソリューション研究所 評価・解析研究部 おいしさ研究チーム)
おいしく栄養バランスの良い食生活で、お客様の心身の健康に貢献することをめざし、日々おいしさの要素を数値化する研究を行っています。
ステップ1:ピーマンの苦味物質を受容する苦味受容体を特定
研究概要
うま味や甘味を受け取る受容体はそれぞれ1種類であるのに対し、苦味の受容体は25種類も存在することが知られています。しかしながら、ピーマンの主要な苦味成分クエルシトリンを、どの受容体が受け取ることで苦味を感じているのか、詳しいメカニズムは分かっていませんでした。そこで、クエルシトリンを受け取る苦味受容体を特定するため、25種類の苦味受容体それぞれを導入した培養細胞を作製し、クエルシトリンを投与したときの受容体の応答を、蛍光指示薬を用いて可視化しました。
研究成果
複数の苦味受容体でクエルシトリンに対する応答が確認されました。中でも、TAS2R8という苦味受容体の応答感度が高く、ピーマンの苦味の認識に最も寄与していることが示唆されました。
出典:大上ら、日本農芸化学会2024年度大会学会発表より一部改編
ステップ2:卵黄たんぱく質の苦味抑制効果を検証
研究概要
次に、TAS2R8と発光たんぱく質を導入した培養細胞に、「クエルシトリン」または「クエルシトリンと卵黄たんぱく質※の混合液」を投与し、発光強度の変化量を測定することによって、苦味の強さを比較しました。
※卵黄たんぱく質は、卵黄を噴霧乾燥した後、緩衝液に溶解し、遠心分離で沈殿を除去することによって作製しました。
研究成果
「クエルシトリン」のみを投与したときと比べて、「クエルシトリンと卵黄たんぱく質の混合液」を投与したときにはTAS2R8の応答強度が低い、つまり、苦味が低減していることが確認できました。この結果から、卵黄たんぱく質には、ピーマンの苦味を抑制する効果がある可能性が示されました。
本結果は、前述した先行研究の官能評価で報告された「卵黄によるピーマンの苦味抑制効果」を支持するデータであると言えます。
出典:大上ら、日本農芸化学会2024年度大会学会発表より一部改編
今後の展望
本研究では、ピーマンの苦味を感じるメカニズムを明らかにしたことで、マヨネーズや深煎りごまドレッシングに含まれる卵黄たんぱく質が苦味を抑える効果について、新たな知見を得ることができました。今回用いた味の計測技術は、人が感じる味を客観的に数値化できるという点で、今後のおいしさ研究に大きな進歩をもたらすと考えています。
今後、よりおいしさの本質を明らかにすることで、子どもたちに野菜が好きになるきっかけをつくっていきたいと考えています。また、子どもの好き嫌いに悩む保護者のみなさんにとっても、楽しい食卓づくりの一助になればうれしいです。