プロジェクトストーリーVol.2 ノロウイルス、不活化への挑戦
※掲載内容は2016年2月時点の情報に基づきます。
日本では、冬場のノロウイルスによる食中毒や感染症の流行が社会問題の一つとなっています。ノロウイルスが原因とされる食中毒の患者数は全体の約5割もあり、子供や高齢者などでは重症化する場合もあることから、その感染予防対策は食品衛生上の重要課題でありました。このノロウイルスを不活化するという新たな挑戦がキユーピーグループで始まりました。
卵白リゾチームの新たな可能性
国内の鶏卵生産量の約10%を扱うキユーピーグループでは、鶏卵成分の機能性に着目した研究を30年以上前から進めています。卵白に含まれるたんぱく質の一つであるリゾチームの新たな可能性を探っていた研究員は、ある論文に注目しました。リゾチームは細菌の細胞壁を溶かす酵素で、ある特定の細菌に効果があることがわかっていました。
しかし、その論文では加熱して変性したリゾチームが、これまでに効果が認められていない細菌に効いたことが報告されていました。一般的に酵素は加熱により失活すると言われています。リゾチームについても加熱をすれば酵素としての働きがなくなるはずです。しかし、これまでにない抗菌作用があるのはなぜか?このメカニズムの解明ができれば、卵白リゾチームの新たな可能性の発見につながるかも?新たな可能性に向けた研究が始まりました。
キユーピーグループは東京海洋大学 食品微生物研究室との共同研究体制を整え、予備調査をスタートさせました。アルコールでもその感染力を抑えることができないノロウイルスをターゲットとし、さまざまな条件で試験をくり返した末、ノロウイルス不活化効果のある新たな機能性リゾチーム(以下、新機能リゾチーム)を発見しました。そして2014年1月、共同研究による調査結果をまとめあげ、新機能リゾチームによるノロウイルス不活化製剤開発プロジェクトを発足しました。
その技術から生まれる感動をお客様に
このプロジェクトは、研究開発部門、営業部門、生産部門、品質保証部門など各部門との連携により動き出しました。研究開発部門では、技術を生み出す技術研究所とその技術を活用し実際の商品を開発する商品開発研究所、それぞれからプロジェクトメンバーが招集されました。ノロウイルスによる食中毒や感染症は、特に冬場に集中するため、次の冬までには商品化を実現したいという方針のもと、タイトなスケジュールの中で、各部門が緊密な連携体制で取り組みました。
このプロジェクトの持つ社会的な価値の高さは、招集されたメンバーの誰もが感じており、このプロジェクトに携わることに誇りを持っていました。特に研究開発部門では『その技術から生まれる感動をお客様に』というスローガンを掲げており、このプロジェクトは、まさにその想いを実践するものでした。
部門や会社を超えたグループの連携
商品化のために越えなければならない課題は山積みでした。まずは、新機能リゾチームがノロウイルスを不活化するメカニズムを解明する必要がありました。
新機能リゾチームの試作、評価、検証を数十回と繰り返し、ノロウイルスを不活化するメカニズム解明の糸口を探しました。そして、加熱条件を厳密に制御することで特定の構造を取ることがわかり、その結果、高いウイルス不活化効果を発揮することが解明されました。新機能リゾチームの効果検証は時間との戦いでしたが、この研究の成果がやがて商品となり、多くの人々の手に届けられるというゴールを強く思い描くメンバーの不屈の精神により成し遂げられました。
次に、商品化するためには実験用のマウスノロウイルスだけではなく、ヒトノロウイルスでの評価を行う必要がありました。そこで専門性の高い外部機関と早期に連携し、ヒトノロウイルスを用いた評価を実施し、不活化率99.99%の効果を確認しました。
そして2014年11月、新機能リゾチームによるノロウイルス不活化効果のある業務用アルコール製剤の発売に到りました。プロジェクトチームの発足からわずか9カ月、社会的に価値のある新商品をお客様にお届けすることができたのです。
研究により生まれた技術を商品に仕上げ、お客様に価値を提供していくことは難しいことですが、企業の研究者は常に探究しています。今回のプロジェクトに携わった一人ひとりが、一つの目的のために、その役割を着実に果たしていきました。そのことが技術開発と商品開発のシナジー効果を生み、驚異的な開発スピードを実現する力になりました。さらに、部門や会社の壁を超えた密な連携により、さまざまな課題を乗り越えることが可能となったのでした。
新機能リゾチームが世界を救う日
このプロジェクトに関わる共同研究の成果は、日本食品微生物学会(2014年9月)や日本食品衛生学会(2014年12月)で発表しました。そして、世界的に評価の高い総合科学雑誌である「Scientific Reports」に掲載(2015年7月)され、学術的な評価を得て世界に向けて発信されました。また、コア技術の特許が成立し、新機能リゾチームのノロウイルス不活化効果が独自性の高いものとして評価されました。さらに、2015年3月頃に報告数が急増した変異型のヒトノロウイルスについても、不活化効果の確認試験を終了しました。
プロジェクトチームの挑戦は、これからも続いていきます。