第7回・8回では、食べるために必要な口(歯・舌・頬・唾液)のはたらきについて解説しました。口のはたらきが低下してくると食べづらいものが増えてきますが、食べたいものを食べるたのしみは、誰でもいつまでも持ち続けたいですよね。
今回は、「少しの工夫で噛みやすく」するための、食材選びや調理法を紹介します。栄養バランスにも配慮し、食べる人にも用意する人にも負担の少ないおいしい食事を、ご家族でたのしんでください。
食べづらくなったら要注意!少食と偏食
「噛む」という動作は咬筋・舌骨上筋群・舌骨下筋群の筋肉を使う運動(第2回 図1参照)なので、使わなければ筋肉が衰え「動きにくい口」になり、かたいものが食べづらくなっていきます。ここで気をつけてほしいのが、少食と偏食です。
少食や偏食、あるいは両方の状態が長期間続くと、体力が低下して体を動かさなくなり、口を動かす筋肉も衰えるために食べづらくなることが少なくありません。
一方、口を動かす筋肉は声を出すために必要な筋肉でもあります。話しづらい、はっきりと発音できないなどから、会話がたのしめなくなり、人と会うことを避けたり引きこもりがちになることもあります。低栄養は、QOL(生活の質)が低下してゆく悪循環(図1)を招きかねません。
食べづらそうになってきたときこそ、栄養バランスや食べやすさなどを見直してみましょう。
噛む力が低下してきたときの工夫
噛む力は体の状態と共に徐々に低下していく傾向があるので(注:個人差があります)、歯ぐきや舌を使ってつぶして食べることも含め、本人のたのしみを満たしながら低栄養を防ぎたいですね。「食べづらいからやわらかいもの」の前に、下ごしらえや調理法を工夫して「食べたいものを食べやすく」という視点を入れてみましょう。
食材は食べやすいものを
- 牛肉:ヒレ、サーロイン
- 豚肉:ロース、モモ
- 鶏肉:ささ身、モモ
※挽き肉は、やわらかい部位を選んで二度挽き
肉:やわらかい部位を選び、鶏肉は皮を取り除く
(例)
- 刺身は筋が無くやわらかいもの
(例)マグロ、はまち、ホタテの貝柱など
※筋のある場合はたたいてネギトロのように - 小骨が少なく骨を取り除きやすいもの
(例)鮭、タラ、カレイ、イワシ、アナゴ、ムツなど
魚:身がやわらかくほぐしやすいもの
- 新鮮でやわらかく食べやすいもの
(例)春(キャベツ) 夏(とうがん) 秋(かぶ) 冬(白菜)
野菜:できるだけ旬のもの
調理のポイント
そのままでは食べにくい食品も、調理の工夫で食べやすくなるものもあります。
やわらかくする
焼く・炒めるよりも、煮込む・蒸す(圧力鍋を使うと手軽で便利)
豆腐、出汁、牛乳などを加える
細く小さく切る
切り方を工夫する(繊維を断つ、格子状に切れ目を入れるなど)
薄いものを重ねる
とんかつは切り身の肉ではなく、薄切り肉を重ねて厚みを出す
厚みをだす
葉物、薄切り肉などは巻いて厚みをだす
まとめる
海苔はご飯と、わかめや葉物は卵とじにするなど
しっとりさせる
牛乳や汁物に浸す(フレンチトースト、パン粥など)
なめらかにしてまとめる
油脂(※)をまぜる、豆腐をつぶして和える、あんかけにするなど
取り除く
トマトの皮や豆類の薄皮などはとる
※油脂とは?
油脂というとサラダ油、ごま油などを想像するかもしれませんが、油分を多く含むマヨネーズや生クリームも油脂といえます。ポテトサラダにマヨネーズを加えると、なめらかな食感になりますよね?マヨネーズ、ドレッシング、バター、生クリームなども、パサパサした食品をなめらかにまとめてくれる油脂の仲間です。
油脂は炭水化物やたんぱく質(1gあたり4kcal)に比べ、倍以上の高カロリー栄養素です(1g当たり9kcal)。ドレッシング、マヨネーズなどは種類が多く好みに合わせやすいので、高カロリーの栄養素なので、食が細くなった方でも少量で手軽に栄養補給ができます。ぜひ取り入れてほしい栄養素です。
食事は毎日毎食のことなので、用意が負担になったり献立に迷ったりすることもあると思います。そんな時には次のような工夫をしてみませんか?
- 市販の介護食品(スーパーやドラッグストアなどで購入することができます)を利用する
- 市販の介護食品に、卵・チーズ・牛乳など、常備している食材を加えてアレンジする
コラム:ユニバーサルデザインフードとは?
市販の介護食品の中に、ユニバーサルデザインフードというものがあります。これは、日本介護食品協議会が制定する規格に適合した商品で、日常の食事から介護用の食事まで幅広く使える調理加工食品などがあります。噛む・飲み込む力によって区分は4段階に分かれています(図2:現在、区分を表す番号表示は削除され、文言のみの表記に統一が行われています)。
噛む力に合わせ、安心してそのまま食べられると同時に、自宅で調理する際の、やわらかさや大きさの参考にもなります。
パッケージには必ずこのマークがついています。
(図2)※画像クリックで拡大表示
日本介護食品協議会
まとめ
3回にわたり「噛む」、ということに焦点をあてて、口のはたらきや食事の意味を解説してきました。食事をたのしむためには調理の工夫や口腔ケアなど、ご家族も一緒にできることから取り入れて「食べられる口」を保ちましょう。
「食べられる口」は、よく動き、清潔で潤っている口。日常的な口腔ケアを怠らず、虫歯や義歯の調整が必要な時には治療を受け、健康な「食べられる口」を守っていきましょう。
「食」という字は「人を良くする」と書きます。体の状態も生活環境も異なる「一人ひとり」にとって、良い状態を保つための食でありたいですね。
- 歯みがき:歯と唇の間、頬の内側の隙間、上あごなどに、食べかすや薬が残っていないかチェック
- 義歯の手入れ:専用ブラシで汚れを落とし、噛んだときになじまない時は歯科を受診しましょう
- 舌みがき:舌についた白い苔のような汚れは、専用ブラシでやさしく落としましょう
- 歯科検診を受ける:定期的に検診を受け、歯や歯ぐきのトラブルは早期治療を
- 口の中の保湿:唾液腺マッサージ(第8回参照)、水分補給、保湿剤の利用
- 口を動かす:口の体操だけでなく、会話や歌で声を出す
ワンポイントアドバイス
「食べられる口」のためのお口のケア
歯科医師や歯科衛生士などの指導のもと、適切なケア用品を用いて正しいケアを行いましょう。
さらに、自分でできることとして
なども併せて行い「食べられる口」を保ちましょう。
参考文献
*「口腔機能向上マニュアル」分担研究班:口腔機能向上マニュアル~高齢者が一生おいしく、楽しく、安全な食生活を営むために~(改訂版),平成21年
*女子栄養大学出版部(山田晴子・赤堀博美):かみやすい・飲み込みやすい介護食 家族一緒のユニバーサルレシピ
*日本摂食嚥下リハビリテーション学会:嚥下調整食学会分類2013(食事・トロミ)早見表
*日本介護食品協議会